私は黒澤明監督(以下、黒澤監督)の映画が大好きでこれまで公開されたものは余すことなく観てきましたが、すべての作品に満足しているわけではなく、不満を感じるものも少なくありません。
特に、最近観た『生きものの記録』に関しては、黒澤監督の映画を初めて観る人にはとても勧めることができないほど不満を感じてしまいました。
このように世界的に有名な黒澤監督の映画といえども、必ずしも満足するとは限らないのです。
そこで本記事では黒澤監督の現代劇作品を初めて見る人でも十分楽しめると思われる5つの作品をご紹介していきたいと思います。
Contents
『悪い奴ほどよく眠る』(1963年・昭和38年 公開)
『悪い奴ほどよく眠る』ストーリーとメインキャストを簡単にご紹介
岩淵(土地開発公団・副総裁)・西(土地開発公団・岩淵の秘書)・佳子(岩淵の娘)「西」と「佳子」の結婚式場での一コマ。
常識的に考えれば式場全体が祝福ムード一色となるわけですが、その直前に土地開発公団で課長補佐担当の「和田」による汚職事件が起きてしまったことにより、そのようなムードとなっていません。
また、5年前に課長補佐を務めていた「古谷」が自身の汚職事件に責任を感じて投身自殺したビル(7階部分に赤い薔薇が飾られている)をモチーフにしたウェディングケーキが用いられるといった、一同驚愕の場面も登場します。
『悪い奴ほどよく眠る』のココに注目
男女の恋愛シーンを絶妙にミックスした、長編ミステリー。
一つ欠点を挙げるとすれば、スタート直後の披露宴の場面をもう少し短くしてほしかったという点です。
あの『ゴッドファーザー』も見本としたようですが、長過ぎるといわざるを得ません。
ただそれでも、ウェディングケーキの奇妙な文言、葬儀・監禁といったシリアスなシーンにおける的外れなBGMを流すといった演出、主人公による奇抜な復讐など、総合的に見れば十分合格点に値する映画であることには変わりありません。
『天国と地獄』(1963年・昭和38年 公開)
『天国と地獄』のストーリーとメインキャストを簡単にご紹介
権藤金吾(三船敏郎さん役):ナショナルシューズ社・常務・青木(佐田豊さん役)ある日権藤の自宅に「息子を返してほしければ3千万円を用意しろ」という内容の脅迫電話が入りますが、その直後に息子が現れたことにより、最初は単なるデマかとその場に居合わせた人達はホッとします。
しかしそれも束の間、毎日権藤を車で送迎えしている青木の息子が行方不明となったことから、誘拐犯が「青木」と「権藤」を勘違いしていたことが判明。
「青木」を取り戻すには犯人の要求に従うほかないわけですが、とある理由により支払いが困難な状況に置かれていました。
『天国と地獄』のココに注目
当時時代劇役者として大活躍中だった三船敏郎さんですが、今作は現代で様々な悩みを抱えている人物に果敢に挑戦。
ドキュメンタリー的要素を取り入れ、「緊迫」・「閉塞」といった感覚をより味わってもらうために、オープニングシーンの撮影は権藤の自宅の一部屋に絞り込んでいます。
走行中の電車から誘拐犯に3千万円を渡す場面では貸し切り状態の電車が用いられ、一回で完璧に決めてほしいとのことだったようです。
その他、クライマックスシーンにおける、山崎努さんの活躍ぶりも注目ポイントの一つとなっています。
『生きる』(1952年・昭和27年 公開)
『生きる』のストーリーとメインキャストを簡単にご紹介
渡辺勘治(志村喬さん役):市役所職員・小田切とよ(小田切みきさん役):渡辺の同僚・市役所職員の「渡辺」は、間もなく定年退職というタイミングで体の具合が悪くなっていまい、レントゲン検査の結果、軽度の胃潰瘍を発症していることが判明。
そんなにわかに信じがたい事実を伝えられた「渡辺」は、死への恐怖感などから会社にも行かず、夜遊びやギャンブルに没頭することで気分転換を図ろうとするものの、なかなか上手くいきません。
そんな人生の崖っぷちに立たされた「渡辺」を立ち直らせたのが同僚の「小田切とよ」でした。
彼女と出会ってからの「渡辺」は、新たな生きがいを見出すことができるようになったのです。
『生きる』のココに注目
古くから愛される黒澤監督の代表作。
主人公の志村喬はセリフには余計な部分が一切なく、ベテランらしい演技を楽しむことができます。
真摯に仕事をこなしてきた「渡辺」の夜遊びの一コマは初々しく、童話に登場する男の子を彷彿とさせます。
また、ストーリー中では、強い哀しみを感じさせる『ゴンドラの唄(命短し恋せよ乙女…)』が度々登場しますが、クライマックスにおいては、観客を激励するものへと変化するという点も見どころの一つです。
『野良犬』(1949年・昭和24年 公開)
『野良犬』のストーリーとメインキャストを簡単にご紹介
村上(三船敏郎さん役):新米刑事・佐藤(志村喬さん役):村上の先輩刑事新米刑事の「村上(役:三船敏郎さん)」は、乗車中のバスで7発も弾が詰まったピストル(コルト式)の盗難事件に巻き込まれます。
その後、犯人がピストルを不正に売買している場所に辿り着けたわけですが、結局紙一重のタイミングで犯人に逃げられてしまうことに。
そこで彼は、上司の佐藤に協力を仰ぎ、引き続き犯人の行方を追うことを決心したのでした。
『野良犬』のココに注目
刑事系映画のさきがけともいえるこの映画は、実在する町での撮影となったため、リアリティに溢れた近代的な町並みが描かれています。
今回の三船敏郎さんは、仕事への強い情熱がやや空回りした新米刑事役ですが、このようなスレンダーでダンディーな姿はこれまでもあまり見る機会がありませんでした。
ちなみに、村上の上司役として共演した「志村喬さん」は、三船敏郎さんにとってはお父さん的存在となっている方でもあります。
『静かなる決闘』(1949年・昭和24年 公開)
『静かなる決闘』のストーリーとメインキャスト
藤崎恭二(三船敏郎さん役):戦医・美佐緒(三條美紀さん役):藤崎の婚約者・中田(植村謙二郎さん役):梅毒を患った兵士ある日藤崎は戦争で負傷した兵士の手術を行っていたところ、その兵士から「梅毒」をうつされてしまいました。
梅毒は今でこそ有力な治療法が存在する病ではありますが、当時は治療がほとんど不可能な病という認識が強く、性交渉によって感染するケースが非常に目立っていました。
このような理由から美佐緒をはじめとする人達にそのことを告げらずにいた藤崎でしたが、戦争で負傷し、自分と同じ病を発症した「中田」と偶然出会い、自由奔放な生活を送っていることを知ることとなるのです。
『静かなる決闘』のココに注目
三船敏郎さんの高度な演技力によって病気を打ち明けられずにいる若者の姿がしっかりと描かれた、知る人ぞ知る良作。
少々伸びた前髪をクールにサッと上げるといった、魅力的な場面も。さて、そんな三船敏郎さんですが、軍隊に居た頃は写真家としても活躍していました。
戦争の辛さをだれよりも理解しているため、悲しみに溢れた当時の悲惨さが十分に伝わってくることでしょう。
まとめ
さて今回は『天国と地獄』をおすすめ作品の一つとして取り上げたわけですが、中には『悪い奴ほどよく眠る』を取り上げる人も結構いるかもしれません。
しかし、私にとってのNo.1は『天国と地獄』の方です。
黒澤監督の若き頃の作品『酔いどれ天使』も決して悪いとは思っていませんが、現代の人々でも感動できるかどうかが微妙なところであったため、今回はあえて除外いたしました。
そして、実は私自身、『白痴』も捨てがたい作品の一つではありますが、興行の関係上、上映時間をカットしてしまっています。
そのため、「ドストエフスキー」を知っている人でなければストーリーを理解できないといったことが起きかねません。
それにもかかわらず今回ご紹介した理由は、黒澤監督の作品の中で一番ピュアな作品であることや、映画の歴史を語る上でも欠かせない作品であることを確信しているからです。
白痴を観たい人は、一度ドストエフスキーを読んだ後にした方が無難でしょう。
その他、ここで取り上げておきたいのが、近代の情景を如実に再現し、当時の文化を知る上では欠かせない、1947年公開の『酔いどれ天使』、その翌年公開の『野良犬』です。
黒澤監督の映画をあまり観たことがない人であれば、これら2つの作品の中からスタートするとよいかもしれません。
逆にこれら以外のものからスタートすると、黒澤監督の作品の虜になれない恐れがありますので注意してください。
さてここまで黒澤監督の映画についていろいろと語ってきたわけですが、私見を述べさせてもらうと、1965年公開の『赤ひげ』からはいずれの作品も黒澤監督のこだわりが強く反映されてしまっていて、以前ほど楽しむことができていません。
最近の黒澤監督の映画は成功した作品が少ないともいいます。
これは、監督自身の強いこだわりがかえって、見る側の要求に応えられないものとなってしまっていることも理由の一つといえるでしょう。
冒頭でもお話しましたが、黒澤監督の作品といえども、すべての作品が万人受け作品とはなっていません。
黒澤監督の作品をあまり知らない人が現代劇を見る場合には、今回取り上げた5つの作品から見始めるようにしてください。
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